Memories 5



結局あきらの家にそのままお世話になることになったが、その家の広さと内装にここでもつくしは度肝を抜かれる。きっと不思議の国のアリスもこんな気持ちだったに違いない。テーマパークのようなメルヘンな部屋の中に、これまたフランス人形のようにかわいらしいあきらの母と双子の妹、そしてプリンスチャーミングのようなあきら。まるで中世に描かれた絵画の様だ。そこに一人たたずむ、日本人の平均を代表したかのような自分。はたから見たらさぞシュールだろうと自虐的な気持ちになる。

つくしの記憶にある実家よりも広い客間を使うように言われ、あきらが言っていた意味がようやく分かった。たしかに、ここまで広いとあたし一人お世話になっても全然問題なさそう。部屋はホテルのスイートルームのように(泊まった記憶はないが)、リビングの隣にベッドルームがあり、その先にバスタブ付きのバスルームがある。なんとバスタブは猫足だ。普段そこまで少女趣味はないつくしだが、これにはテンションが上がる。まるでお姫様になったようだ。天蓋付きのベッドに横たわると、部屋の呼び鈴が鳴る。急いでドアを開けると、使用人らしき人たちが次々に荷物を運んでくる。

「えっと、これは?」

「牧野様のご自宅にあった私物でございます。あきら様よりお部屋にお運びするよう申し付かっております」

テキパキと衣類やパソコンや小物をキャビネットにしまっていくと、つくしがお礼を言う間もなく使用人たちは頭を下げて帰っていった。ドアが閉まり正気に戻ったつくしは、恐る恐るキャビネットの中をのぞく。

ここには洋服ね、これは常備薬かな(やけに胃薬が多い)、こっちは靴ね、次々に扉を開き場所を確認する。今目にしたものには何の違和感もない。15歳の自分が選んでもきっと同じものを選ぶだろという物ばかりで妙に落ち着く。

そして最後のキャビネットにはアクセサリーがしまわれている。あたしでもアクセサリーしてたんだな、耳に手を当てるとピアスの穴が開いている。なんだか自分がとても成長したように感じられて落ち着かなくない。


疲れただろうからと自室に夕食を運んでもらうと、つくしはゆっくりとお風呂に入りふかふかのベッドで寝る。

明日こそは職場にいかないといけない、と謎の義務感に駆られながら眠りについた。


翌朝スーツらしき洋服に着替えた後、荷物として運び込まれた化粧品を使い眉とチーク、口紅を顔に乗せる。こういうことは体が覚えているらしい。まったく化粧をしたことはないにもかかわらずスムーズに筆が進む。鏡で全身を見ると、そこには薄化粧だが25歳らしいつくしが映っている。制服がスーツに変わった以上に大人になった気がする。

朝食と案内された部屋には、あきらとあきらの母、そして類が座っていた。

「おはよう牧野」

微笑みながら朝の挨拶をされ、つくしの動きは止まり顔が赤くなる。

「記憶がなくても、類の顔には反応するんだな」

あきらがコーヒーを飲みながら感想を漏らすと、

「だって俺は牧野の初恋の相手だからね」

朝から爆弾を落とされる。

「えっ、花沢さんがあたしの初恋の相手なんですか?」

類の発言に食いつくと、「花沢さんじゃなくて類でいいから。牧野からはずっとそう呼ばれてたから」と類はにっこりと笑う。たしかに、言われてみれば類はつくしの好みドンピシャだった。透き通るような色素の薄い髪と皮膚、同じく色素が薄くまるでガラス玉のような瞳、そして天使のような微笑み。幼いころ大きくなったら結婚したいと思っていた王子様そっくりだ。でも、一昨日優紀から聞いた話が頭をよぎる。あれ、優紀がたしか花沢さんもあたしに好意を持ってくれてたって言ってたよね。ということは、あたしはやっぱり花沢さんと付き合っているの?微笑む類の顔を見ながらつくしは頭を悩ませる。

とりあえず朝ごはん食べなよ、食べないと元気でないでしょと席に案内されると、目の前に次から次へ料理がサーブされ、焼き立てのパンの香りが食欲をそそる。

記憶がなくてもお腹は減る。出された料理をおいしく食べ終わると、類から「そろそろ行こっか」と声をかけられる。

「えっと、どこにですか?」

「会社に」

いつの間にかつくしの手を取り類は廊下を玄関のほうに向かって歩いていく。

「職場って、丸の内にあるって言う法律事務所ですか?」

「ううん。牧野今うちに出向してもらってるんだよね」

「うち?昨日の病院ですか?」

「あれはメインの事業じゃないんだよ。うちの親が会社をやってるんだ。おれは本社勤務で、牧野にはあるプロジェクトを法律面から手伝ってもらうため、2か月前から出向してもらってたんだよ」

乗せられた車の中で話を聞いているうちに、いつの間にか目的地に着いたらしい。だが、車は地下に入っているためビルの全容までは分からない。だが、つくしが考えていたより規模がはるかに大きいことは確かだ。

「ここは役員専用の駐車所」

キョロキョロするつくしに、類が短く説明してくれる。

「役員?」

「そっ、おれ一応専務だから」

つくしは目を見開く。

「牧野そんなに見開いたら目が落っこちちゃうよ」

そういって類がつくしの顔の下に手をおく仕草をする。

「こういうやり取り、以前もやりましたか?」

既視感を覚えたつくしの質問に、類は微笑む。ああ、あたしはこの人の微笑む顔に弱いみたいだ。類が微笑むとまるでパブロフの犬の様に頬を赤らめる自分がいる。

「とりあえず、牧野は風邪で休んだったことにしてるから、他の社員に何か聞かれても適当に答えればいいから」

その適当なアドバイスだけでいきなりオフィスへと放り込まれる。ひえー、ドラマで見る会社見たい。みんな頭よさそうだなー、なるべくキョロキョロしないように心掛けながら、つくしは類の後に続く。

「ここが牧野のデスク」

そういって指さされたのは、広いフロアの中、一つだけある個室の中の置かれた2つのデスクのうちの一つだった。

「ここですか?」

「そう。専務室って上の役員フロアにあるんだけど、堅苦しくって。だから俺普段はこの部屋で働いてるんだよね」

そういって広いデスクの上に座る。

「牧野は俺についてもらってるから、同じ部屋にデスクを入れてんの。」

この部屋にはあまり人が入ってこないから安心して、そういうと類は朝一の会議ってめんどくさいなーと言いながら部屋を出ていく。

とりあえず指さされたデスクに座り、PCの電源を入れる。鞄の中に入っていた社員証には、鍵が2つつけられていた。そのうちの1つを使い、机の横にあるキャビネットを開くことができる。中に何度も手にしたのだろう、ボロボロになった六法全書とともに、分厚いファイルがアルファベット順に並んでいた。きっとこれが類の言っていたプロジェクト名だとあたりをつける。聞きなれない単語が並んでいるにも関わらず、すっと頭に入ってくる。そして立ち上がったPCにはパスワードの入力を求める画面が現れる。パスワード、パスワード、考えていると自然と手が動く。

「Nikumandaisuki13!」

なんつーセンスのないパスワードだ、エンターキーを押しながらそう思うがどうやら入力はあっていたらしい。これはきっと類が設定したに違いないとつくしは確認する。

見覚えのあるデスクトップ画面ではないが、恐る恐るマウスを操作しフォルダの中を確認する。パソコンってあたしあんまり操作したことなかったんだけどという本人の思いとは裏腹に、こういうことは自然と体が動くらしい。

流れ作業の様にメールを立ち上げ、未読のメッセージに目を通していく。半分以上が英語、そして1/5がフランス語、そして残りは日本語と言えど専門用語が並んでいるが、内容は理解できる。

ちゃんと働けるのだろうかと不安だったが、その点は大丈夫の様だ。次々に未読メールを見ていると、新しいメールを受信したとポップアップがでる。最新のメールを開くと、それは類から送られてきたものだった。仕事内容かと気持ちを引き締め目を通すと、

「ランチどこに行きたい?」

という文章の後、ずらりとお店のリストが並んでいる。そして最後に「どの店も牧野がおいしいって言ってたとこだよ」と添えられている。

その数50個以上。

あたしはあの人と少なくとも50回以上食事に行ってるってこと?それって付き合ってるってこと?謎は深まるばかりだ。


ランキングに参加しております。


にほんブログ村 小説ブログ 二次小説へ
にほんブログ村


いつも拍手ありがとうございます!
riina
Posted byriina

Comments 0

There are no comments yet.

Leave a reply